【ブログこころ】は私たちの心に生き続ける!小林麻央の乳がんの最後の病状は?顎への転移とは?

悲しい訃報が飛び込んできて2週間。

3年前に末期の乳がんと診断され、わたしたちに癌に隠れないことを決め、ブログでありのままの闘病の様子や家族との触れ合いをつづってこられた小林麻央さんが、天国に旅立たれました。

 

本当に悲しいの一言に尽きますね。

 

小林麻央さんが私たちに残してくれたものはたくさんあります。

今日は小林麻央さんの最後の病状がどうだったのか。

これからブログこころ(心)はどうなってしまうのか、気になったので調べてみました。

 

もしよかったらご覧ください。

 

いつ亡くなったのか?

人気アナウンサーとしても有名な小林麻央さん。

歌舞伎役者の市川海老蔵さんと結婚してからはごく普通の幸せな家庭を築きあげていました。

しかしそんな彼女にとある病が突然襲い掛かったのです。

病名は「進行性の乳ガン」でした。

 

闘病中にもかかわらず、自らのブログでたくさんの人を元気にさせていた小林麻央さんでしたが、残念ながら2017年6月22日、この世を去りました。

 

死因は?

入退院を繰り返して治療を受けていました。

今年1月に放射線治療を終えた麻央さんは退院しましたが、4月に再入院となり、5月29日に退院して在宅治療に切り替えていました。

しかしブログが6月20日で更新が途絶えていました。

心配の声が上がる中、進行性乳がんが死因でこの世を去りました。

 

急変したのはいつ?

5日も経っていました。

 

ここずっと 一日中横になっている

毎日でした。

息苦しさと 変な発汗と 痛みと。

 

10日前まで普通に歩けたのに、

10歩歩くのもやっとになってしまうの

だから。

 

 

夜、母に 背中をさすってもらって

一緒に泣きました。

 

きっと家族も陰では それぞれに

泣いたりする日もあると思います。

 

一緒に泣けるということは

特別です。

 

悲しい 申し訳ない 悔しい 苦しい

たくさんの感情が湧きますが、

 

一緒に泣いたあと残るのは、

不思議と  安堵感です。

 

苦しくても ひとりぼっちにはならない。

 

お母さん、一緒に泣いてくれて

ありがとう。

引用先 http://ameblo.jp/maokobayashi0721/entry-12267046379.html

闘病中だった小林麻央さんが自身の更新されたブログ記事でこのように書かれていました。

歩くのが精いっぱいというのはどのようなことなのでしょうか。

一般的には自分でトイレに行くことが不可能になると余命1か月と言われているそうです。

このころから小林麻央さんは自分がもう長くはないというのを察していたのかもしれません。

 

市川海老蔵は急変の際にどこにいた?

歌舞伎俳優の市川海老蔵さんは23日に行われた記者会見でこのように話していました。

海老蔵さんによると麻央さんはすでに話せなくなっていたが、容態急変の知らせを聞いて駆けつけた海老蔵さんをみて「愛している」といい息を引き取ったと話していました。

 

市川海老蔵さんがそれまではどこにいたのかはわかりませんが、急変した際にはすぐに駆け付けていることから、妻を本当に愛しているのがすごく伝わってきます。

勧玄くんや麗禾ちゃんは?

母親が目の前でなくなる瞬間を見ていたと思われる子供達。

きっと誰もがすごく悲しむ気持ちになります。

市川海老蔵さんは記者会見でも「子供たちは小林麻央が亡くなってからそばを離れなかった」と言っていました。

傍を離れないほど母親がいなくなるという現実を受け止めることができないほど悲しかったのだと思います。

 

いつから闘病していたのか?

小林麻央さんが闘病し始めたのは今から3年前です。

メディアによってかなり世間に知られるようになったのは去年の9月に小林麻央さんが『癌の陰に隠れない』とブログで発表されてからになります。

 

2014年に夫の市川海老蔵さんと付添いで向かった人間ドックで見つかった乳がん。

なぜ小林麻央さんが乳がんに犯されなければならないのかと考えた人も多かったのではないでしょうか。

 

享年34歳です。

あまりにも短い命に、直接たすけることはできませんが、やりきれない想いにかられます。

 

勧玄くんや麗禾ちゃんの世話は誰が?

小林麻央さんが闘病する前は夫婦そろって幼稚園の送り迎えをしていたり、小林麻央さんが主に見ていたそうですが、小林麻央さんが闘病しているときは市川海老蔵さんはじめ、家政婦さん、小林麻央さんの家族や市川海老蔵さんの家族が助け合っていたといわれています。

その様子は今でも変わりません。

 

ブログこころ「KOKORO」は今後どうなる(予想)

小林麻央さんは2016年9月に新ブログ「KOKOROこころ」を立ち上げていました。

「力強く人生を歩んだ女性でありたいから 子供たちにとって強い母でありたいから ブログという手段で陰に隠れているそんな自分とお別れしようと決めました」というような思いから立ち上げることを決意したそうです。

 

乳がんが見つかるまでの経緯や闘病生活の様子、日々の出来事などブログを通して多くの人に勇気や元気を与えた麻央さんでした。

 

閉鎖するの?それとも生き続けるの?

小林麻央さんがこの世を去ってからも多くの人が彼女の死を悲しみ、彼女のブログに多くのコメントが殺到するほど多くの人から愛されている小林麻央さん。

小林麻央さんのブログは継続されるのか疑問でした。

そんな中アメーバブログを運営するサイバーエージェントは2017年7月3日、乳がんのため6月22日に亡くなった小林麻央さん(享年34)のブログ「KOKORO.」を継続して公開すると発表しました

 

市川海老蔵さんは「麻央の愛がブログというかたちで永遠に記録されること、大変ありがたいです。残された私たちは、ただただ頑張るのみです。」とコメントしていました。

 

乳がんについて

ここで乳がんについて詳しく書いていこうと思います。

どんな癌なの?

乳房には、「脂肪」「乳腺」という組織があります。

乳がんとは「乳腺」から発生する癌のことで、脂肪からは発生しません。

乳ガンは、他のがん同様に細胞の遺伝子異常の蓄積によって発生することが分かっています。

また、発生・進展ともにホルモンに依存している点が乳がんの特徴です。

乳がんには2つの分類があります。

乳がんの約90%はこの乳管から発生し、乳管がんと呼ばれます。小葉から発生する乳がんが約5~10%あり、小葉がんと呼ばれます。

 

ステージⅣの死亡率は?

進行度は転移性乳がんと言われています。

治療法は薬物療法が中心で、手術の適応は限られてきます。。

薬物療法は抗癌剤が中心と言われていますがホルモン療法もあります。

生存率は5年と言われていますがわずか42.65%しか生きられないといわれています。

 

顎に転移とは?

小林麻央さんはすでに末期がんでしたが、顎に転移とは非常に危険な状態だったそうです。

なぜかというと乳がんの転移の経路で典型的には骨や肺、肺臓と進みその後、最終的に脳に至ることが知られています。

顎に転移するということは脳に近いところに起きた転移だと考えられます。

 

まとめ

34歳という若さでこの世を去った小林麻央さん。

フリーアナウンサーとしても、一人の女性としても、一人のお母さんとして。

また一人の乳がん患者として多くの人々に勇気と希望、元気を与え続けた彼女の姿は今後も忘れてはならない出来事だと思っています。

小林麻央さんのブログが麻央さんの愛の形として残り続ける限り、彼女が与えた出来事はそこに形として残るということです。

今後も多くの人々が小林麻央さんに元気をもらうことは間違えありません。

「小林麻央さんありがとうございます。」という言葉が彼女にはふさわしいと思いました。

どうかこれからは天国から勧玄くんや麗禾ちゃん、市川海老蔵さんを見守りください。

勧玄くんも麗禾ちゃんも小林麻央さんの想いを受け継いできっと立派に成長されると思いますし、もう少し大きくなったら小林麻央さんが残してくれたブログを1つ1つ読まれていくんだろうなと思います。

 

勧玄くん、麗禾ちゃんに自分の生きた証になるブログ『kokoro(こころ)』はこれからもずっと小林麻央さんの足跡として長きに渡り、わたしたちの心に残り続けることでしょう。

小林麻央さん、今まで、長い辛い闘病生活、御疲れ様でした。

 

 

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